旅の記録~2日目

旅の記録~2日目

無事に体力も回復した翌日、蝶を見にキュランダへ向かう。

キュランダは、ケアンズ中心部から25kmの郊外に位置し、熱帯雨林に囲まれた、人口およそ3,000人の村である。ヒッピーや芸術家などが集まって住み着いた場所とのことで、だからかどうかはわからないが、やや粗野な、もとい、自然を活かした作りの小さなカフェや土産物屋が集まるマーケットなどがある観光地となっており、その隅にAustralian Butterfly Sanctuaryがある。

キュランダまでは往復バスを現地で予約して利用したが、片道実質30分程度で到着。たまたまだが、バスのドライバーは日本に10年住んでいたことがあり、奥さんも日本人、「なんでも鑑定団」と「警察24時」が好きなテレビっ子。以前から思っていたのだが、オーストラリアのテレビが素人参加者主体のクイズやリアリティ番組ばかりでイマイチだ、という点で意見が合い、こんなどうでもいいことでも、図らずも旅先で同志を得たような喜びを覚える。

キュランダ到着後、脇目も振らずにAustralian Butterfly Sanctuaryへ向かう。

 

 

受付の脇の入り口を抜けると、そこはすぐに蝶の温室になっている。
温室内は、ケアンズを含むオーストラリア北東部の熱帯雨林に近い環境が再現されており、私が訪れた際には10種類以上、数にすれば数百匹の蝶が所狭しと飛び交っていた。当たり前だが、日本では見ることのできない種類の蝶だけにテンションも非日常感も高まる。

花から花へと忙しく飛び回るもの、1つの花にしがみついて頭を突っ込んで夢中で蜜を吸うもの、葉や岩の上で休むもの、果実に群がるもの、そして、メスを追い掛け回すオス...

 

 

通常では落ち着いて見ることがなかなか難しいこうした蝶の日常行動の数々を、近距離からそこかしこで観察することができる。
小さい体に華麗な翅を携えて、でもそれを見せびらかすでもなく、本能のまま気ままに動き回る一挙手一投足が、おかしくも愛くるしく思える。本人たちにしてみれば生存に必死なのかもしれないが、思わず「かわいいな、こいつら...仕方ねぇな...」と、キャラにもない呟きが漏れそうになる。

 

そして、純粋に、周囲360度を飛び交う蝶に囲まれているという状況が楽しい。
昆虫が人間に慣れたり懐いたりすることはなく、その意味で蝶好きとは永遠の片思いである。
だが、顔のすぐ横を蝶が飛び抜け、その小さな個体が生み出す僅かな羽音と風圧を頬に感じたりすると、もしや自分には多少心を許してくれたのか!?と一瞬錯覚し、何とも言われぬ嬉しさを覚える。

 

温室の横には飼育室も隣接されており、そちらでも飼育中の幼虫や蛹、また作業中の職員の姿などを見学できる。
ふと、職員として働く自分をちょっと想像してみたりもする。もちろん、実際には生物学や植物学の専門知識が求められるだろうし、常に一定数以上の生きた蝶を確保し続けるには、客として来ているかぎりでは知り得ない難しさや苦労が多くあるだろう。でも、その対象が好きなものという原点があれば、苦労は苦労ではなく、関わる全てのプロセスを楽しめるのだろうか。最近よく見かける自己啓発本ではないが、「好きを仕事にする」ということを考えた場合の候補の1つたりうるだろうか...などと、幼虫の食草の手入れをする職員を眺めながら、しばしとりとめのない思いを巡らす。なお、残念ながら、現時点で求人は出ていないようだ...

 

通常の観光客ならばおそらく30分もかからずに見終えて次の目的地へと移動するであろうところ、結局私は2時間超滞在していた。温室内を何度も周り、蝶が群がっているところに身を置いては彼らの姿を無心に眺めた。

 

 

あるいは、温室と飼育室を結ぶ通路から外を見たときに、木々の間を素早く飛ぶ自然のオオルリアゲハ(オーストラリアを代表する蝶の1つでマスコット的に扱われているが、今回温室内にはいなかった)の姿を見つけ、遠目からでも美しく映える青色の翅に目を奪われた。そんな私を温室から出る決意をさせたもの...それは空腹であった。どんなに蝶が好きでも、人間、食欲には勝てない。近くのカフェでハンバーガーを頬張りつつ、蝶たちがくれた非日常の余韻に浸った。