itinerary tour in 海士町 レポート2~庄嶋洋憲さん

itinerary tour in 海士町 レポート2~庄嶋洋憲さん

旅前の記録

全く行ったことも聞いたこともない島。
海士町が島根県にあり、なおかつ島だということを私は知らなかった。
島根県は出雲大社しか行ったことがなく、
ひょんなことから島根県の関係人口を増やすイベントに参加して、
実際に島根県に行った人から、
「島根県は人たらしの場所だよ」
「みんないい人だったよ」
という話を何人からも聞いて、
いつか必ず行ってみようと思っていた。
しかし、日常の生活に忙殺され、
日増しに頭の中から島根県が薄らいでいき、
そのイベントで主催者の大野さんが言っていた
「みんな初めは熱い気持ちになって絶対に行きま~す。なんて言うんだけど、次第に薄れていくので、それをなんとかしたいんですよね」って言葉が頭にこびり付いて離れない。
俺も一緒だな。。

 

 

そんな時、知り合いから「初めての人の海士町ツアー」があるよってメッセージをもらった。
金土日の3日間。
会社を休まないと行けないのか?
でも、ここで躊躇ったら一生行けないよな。
後先考えずに飛び込んでみよう。
そんなこんなで私の初めての海士町が始まった(^^)

旅中の記録

七類港に9:30集合という企画だったんだけど、
七類港がどこにあるのかさえ見当もつかない私はグーグルくんに聞いてみた。

飛行機
寝台列車
高速バス
と3つの選択肢があるらしい。

 

 

取り敢えず一番安い高速バスで行ってみよう。

七類港からフェリーに3時間乗って海士町に上陸!
一番初めに目についたポスター
「ないものはない 海士町」
何も無いことを逆手に取ってPRするとはやるなーと思った。

 

 

あまマーレでスタッフの方に話を聞いた。
海士で育って一度海士を出て、結婚と同時にまた海士に戻って来たそうです。
海士では、子供を産んだり、介護をしたりと島では出来ないことがまだまだあり、
その度に本土に出ないといけないらしい。
それでも他よりも海士町が好きという言葉が印象的だった。

 

 

JICAから出向の高田さんに学習センターを紹介してもらった。
学習センターは古民家を改装した作りで、土間にはテーブルと椅子が並べられ、町民誰もが気軽に立ち寄れる町の一部という意味合いがあるそうです。
そこでビックリしたのは、学校が終わった生徒がまるで家に帰ってくるかのように当たり前のように続々と学習センターに吸い込まれてくること。
そして、みんなが私達に「こんにちわ!」と挨拶をしてくれること。
都心では知らない人には挨拶をするなという教育をしてるけど、疑うことを全面に押し出した教育って何なんだろうなと思わされた。
高田さんに話を聞くと学習センターでは、基礎学力を上げることと社会で生きていける人になることの2つの柱で教育をしているそうです。
社会で生きていける人材って、どんな人なんだろうね。

 

 

高田さんの話を伺っているとセンター長の豊田さんがひょっこり顔を見せてくれた。
凄く陽気で、凄く想いのある熱い人だった。
学習センター当初の町の人の反応や先生達の反発。
そこから少しずつ理解をして貰って築き上げた現在。
この流れを広げていこうと活動し出してからの葛藤。
実体験からの試行錯誤の言葉には重みがあった。
話の途中で、都内から島留学していた卒業生がふらっと豊田さんを訪ねに来ていた。
豊田さんと卒業生が話す姿を見ていると、
あー、本当に生徒達と真剣に、正直にぶつかっていたんだろうなというのが伝わって来た。
こんなに愛情を持った人達が真剣に子供達の未来のことを考えて戦っている姿を見せられたら、
人の心は動かされるよなって思った。
ふとした時に豊田さんが「ほんと辛いよ」って、
志を持って教育改革を続けていくことの大変さを語ってくれた。
こんなに熱い思いで楽しそうに、ポジティブに考える人が見せた一面。
全力で走っていて、今、自分のやり方が正しいのか迷っているのかなと思った。
でも、こういう人達が悩んでまた行動して、裏切られて、落ち込んで、それでも諦めずに行動して、
はじめて、少しずつ変わっていくのかなと思った。
今まで疑いもせずにやっていたことを変えるって容易くないよね。

 

 

夜、スナックに誘ってもらった。
スナックは社交場、大切なことは会議室で決まるんじゃない。
スナックで決まるんだ!
島のしきたりだそうな。

 

 

次の日に巡りの環の浅井さんがゆいちゃんを連れて私達を迎えに来てくれた。
浅井さんは今回ツアーに参加したまゆぽんの先輩で、稲刈りを手伝わせてもらうことになっていたんだけど、あいにくの雨で中止になったので、島の案内を買って出てくれた。
それもわざわざ10人乗りのバスを借りて来て私達の案内をしてくれるなんて、なんて優しい人なんだ。
この時、昨日の豊田さんの話を思い出した。

高校生が学校の先生に
「今度、ヒッチハイクで**まで行ってみようと思う」
先生は「そんなの絶対に無理だよ」と言ったらしい。
後日、実際にヒッチハイクに挑戦した生徒から先生に電話が掛かってきた。
「先生の言う通りだったよ。
ヒッチハイクをしようと大通りを歩いていたら、車が止まって、どこに行くの?と声を掛けられて、行き先を話すとそこまで連れて行ってくれたよ。」

先生はこうなることが分かっていたらしい。
ヒッチハイクにならないことを。
町の人の優しさを表すエピソードだったが、海士町にはそんな優しい人が集まり、育つ文化があるのかもしれない。
浅井さんに会って本当にそう思った。

 

 

浅井さんが漁師の中前さんを紹介してくれた。
触れ込みでは腹筋バキバキの80歳。
実際にお会いしてお話を伺ってみると、
凄い。
若い頃は北極、南極を何度も行き来して捕鯨をしていたらしい。
船に乗ったら半年は帰って来ず、鯨を捕獲しては船上で解体し肉は凍らせる。
船での様子を写真を交えてお話しいただき、
昔の人は今よりもすげーーなと思った。
今よりも未知の世界に飛び込んでいるような気がした。
生活の為だったのかもしれないが、何でもやって、
今でも船に乗りアワビやサザエを採る現役の漁師を続けている。
生活力あるなーー

 

後鳥羽上皇の火葬塚を案内してもらった所で、
他のお客さんを案内していたタクシーの運転手から「昨日はありがとうございました」と声を掛けられた。
あれ??誰だ?
黒のスーツをビシッと着た女性だった。
頭の中でフル回転して、誰だろうと考えていると
あーーーーーーーーー
昨日はありがとうございましたーー。
昨日のスナックのママさんじゃんか。
分からなかったーー
昨日の華やかな服装とは違ってきちっとした格好だったので
まったくピンと来なかったけど、
あの陽気でアイデアマンのママさんだ。
夜中まで働いていて、朝からタクシーに乗ってまた働いている。
ほんとすげーーな。
海士町に来てから、すげーーすげーーしか言ってないよww

夜に大野さんが海士町に住んでいるご近所さんを誘って親睦会を開いてくれた。
教育関係の人、海士町不動産のドン、漁師さん、二拠点生活をしている出版社の社長さん。
みんな熱く、子供達の将来、海士町のこれからを考えて議論して行動している。
そしてみんな底抜けに明るい。
このパワーが海士町に変化をもたらしているのかもしれないと思った。

 

 

旅を終えて。

自分が思ったことは行動すること。
やっぱり思ったらすぐに一歩を踏み出さないといけない。
多くの人が頑張って未知の領域に踏み出している。
多くの人がいっぱい考えて、悩んで、もがいて前進しようと努力している。
まだまだ自分は努力が足りない。
もっとみんなの幸せの為に。
もっと楽しい未来を作る為に。
行動していく。
諦めずに走り続ける。

「ないものはない 海士町」

もう一つの意味。
無いものなんてないんだよ。
なんでもあるんだよ。

個性あふれる人が多く集まる町。
なんでも作ることが出来る可能性に満ちた町。
絶対に楽しいっしょ。
今までにない未来を経験するならここに行くしかないっしょ。
生きるってこういうことだと思った。
新しい生き方がそこにあった。

 

 

この記事を書いた旅人

庄嶋洋憲(しょうじま ひろのり)
株式会社ForFields経営。
旅が好きで知らない土地にふらっと行って新しい出会いを楽しむ。
都会とは違った時間軸で暮らすライフスタイルを探してバイクにテントを積んで日本中を旅してます。

 

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